空襲等民間戦争被害者 援護立法を求めて

 

明治 8年(1875) 恩給制度発足 陸軍(4月)、海軍(8月)

明治8年4月、佐賀の乱、台湾出兵等を背景に、陸軍軍人を対象とした恩給制度。
退職時に、国家に身体、生命を捧げて尽くすべき関係にあった者、及びその遺族の生活の支えとして給付される国家補償を基本とする年金

明治17年(1884) 文官の恩給制度発足

大正12年(1923) 現行「恩給法」制定(10月1日施行)。公務員種別による個別の恩給制度を整理・統合

昭和17年(1942)2月25日 「戦時災害保護法」成立(民間被害者を保障)

        4月18日 本土初空襲(東京 横浜 川崎,横須賀,名古屋,神戸)

昭和19年(1919)6月16日~翌年終戦日まで、北九州から日本空襲が始まる。

10月10日 米軍沖縄空襲(十十空襲)

       11月24日~翌年終戦日まで、東京空襲が始まる。

昭和20年(1945) 前年に引き続き、1月から8月Ⅰ5日まで東京をはじめ全国の都市がほとんど毎日のように空襲を受ける。

      3月10日 東京下町大空襲

      3月12日 名古屋空襲

      3月13日 大阪空襲

      8月 6日 広島に原爆投下

      8月 9日 長崎に原爆投下

8月15日 天皇の玉音放送で終戦

9月19日 報道統制[GHQの日本占領政策]発令

9月21日 GHQ 新聞事前検閲開始

昭和21年(1946) 連合国最高司令官の指令により、「軍人軍属の恩給」、「軍事扶助法」、「戦時災害保護法」など廃止される。

昭和27年(1952) 「戦傷病者戦没者遺族等援護法」

昭和28年(1953) 旧軍人軍属の「恩給法」復活 毎年のように改定される。

         勤労動員学徒らによる援護機関が発足。1959年財団法人動員学徒援護会に改組。

昭和31年(1956) 「旧軍人等の遺族に対する恩給等の特例に関する法律」

昭和34年(1959) 国家公務員共済組合法施行。公務員の年金制度は恩給から旧共済年金に移行(旧公共企業体職員は昭和31年、地方公務員は昭和37年から)

昭和38年(1963) 戦没者等の妻に対する特別給付金支給法

         戦傷病者特別援護法

         未帰還者留守家族等援護法

 

昭和41年(1966) 長期在職者に係る最低保障制度創設

      「全国戦災死没者遺族会連絡協議会」発足

昭和47年(1972)「全国戦災傷害者連絡会」発足

名古屋空襲で負傷し左目を失った杉山千佐子さん、元軍人・軍属には補償がある一方、民間戦傷者を救済する制度がないことに疑問を抱き、全国との連絡会を立ち上げた。

以後、国家補償の精神に基づく「戦時災害援護法」の制定運動に取り組む。

 

昭和48年(1973)6月第71・72回国会 社会党 戦時災害保護法案上程 

参議院社労働同委員会の審議未了

昭和48年(1973) 東京都旧防空法関係犠牲者の会が発足。のち「戦傷病者戦没者遺族等援護法」で種々の準軍属の補償拡大の法改正に寄与する。

昭和50年(1975)4月「全国戦災犠牲者連絡協議会」が結成され、「戦時災害援護法案」に取り組む。しかし、2年後の1977年、国の補助金を受けて「社団法人日本戦災遺族会」となると、その目的が援護立法と異なるために多くの団体が脱退していく。

昭和51年(1976)5月 第77・78回国会 戦時災害保護法案 継続審査未了

昭和51年(1976)8月 名古屋空襲訴訟 3名が補償を求めて名古屋地裁に提訴。(1987年6月最高裁棄却判決

昭和52年(1977)4月 第80回国会 戦時災害保護法案 審議未了

昭和53年(1978)4月 第84回国旗 戦時災害保護法案 審議未了

昭和54年(1979)4月 第87回国会 戦時災害保護法案 審議未了

昭和54年(1979) 東京大空襲訴訟 森田禎一さんが一人で提訴

昭和55年(1980)3月 第91回国会 戦時災害保護法案 審議未了

     (1980)8月29日 空襲被害者3名による「名古屋空襲訴訟」名古屋地裁で敗訴。最終は1987年最高裁で棄却判決

昭和56年(1981)4月 第94回国会 戦時災害保護法案 審議未了

昭和57年(1982)7月 第96回国会 戦時災害保護法案 審議未了

昭和58年(1983)4月 第98回国会 戦時災害保護法案 審議未了

昭和59年(1984)3月 第101回国会 戦時災害保護法案 審議未了

昭和59年(1984)12 月21 日「戦後処理問題懇談会報告」(総務省)

      戦後補償の拡大を止めることを目的とする内容

昭和60年(1985)4月 第102回国会 戦時災害保護法案 審議未了

昭和61年(1986)4月 第104回国会 戦時災害保護法案 審議未了

昭和62年(1987)5月 第108回国会 戦時災害保護法案 審議未了

     (1987)6月[名古屋空襲訴訟]最高裁 棄却判決

昭和63年(1988)5月 第112・113・114回国会 戦時災害保護法案 審議未了

     その後も「戦時災害援護法」の制定に関する請願書が15回、
     第118回(1990)、120回(1991)、145回(1999)、168回(2008年)の国会の間に、
     それぞれの国会議員の紹介によって提出されたが、審議未了。


平成 6年(1994)7月 「被爆者援護法」創設。

 

平成19年(2007)3月 東京大空襲訴訟 集団訴訟(平成25年5月 最高裁 上告不受理・棄却)

平成20年(2008)12月 大阪空襲訴訟 (平成26年9月 最高裁 上告不受理・棄却)

平成22年(2010)8月14日 「社団法人日本遺族会」が解散。

現在、総務省の「一般戦災ホームページ」が活動を引き続いている。

 

平成22年(2010)8月14日「全国空襲被害者連絡協議会」(全国空襲連)が発足

 

平成23年(2011)6月15日「空襲被害者等援護法(仮称)を実現する議員連盟」設立される(衆議院第一議員会館)。

平成24年(2012)10月 沖縄戦国家賠償訴訟(2016年3月一審敗訴、二審控訴中)

平成25年(2013)8月 南洋戦国家賠償訴訟(那覇地裁係争中)

平成27年(2015)8月6日「空襲被害者等の補償問題について立法措置による解決を考える議員連盟」(空襲議連)が改組・設立される(衆議院第二議員会館)。