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     午後3時、高井崇志議員(衆・民主)の司会で始まる。

◎ 高井崇志議員(衆・民主)
 
これから、「空襲被害者等援護法(仮称)を実現する議員連盟」の設立総会を開催させていただきたいと思います。
 3月10日、設立準備会を開催しました。すぐにも一月後ぐらいには設立総会をと まとまったのですが、翌日ご存知のとおり東日本大震災がおきまして、今日まで伸びてしまいましたけれども、今こうして設立総会を開ける運びとなりました。
 それでは、超党派で実現して行こうということでございますが、多くの呼びかけ人の代表として、先ず、首藤先生の方からご挨拶を申し上げます。
 
            

◎ 首藤信彦議員(衆・民主)呼びかけ人代表の挨拶(要約
 皆さんよくいらっしゃいました。いま国会は大変な近況で、政局の問題、また何よりも東日本大震災の解決のために、皆さん走り回っているところです。

 私たちは66年前のことをしっかりと把握していたわけではありません。その過程で起きた50万を超える空襲犠牲者の皆さんに対して、真実の究明もなく、補償等政府としての責任も明白ではありませんでした。
 大震災と併せ、今回の福島原発事故、なぜこんな大被害が起こったのか。原子力は安全だという神話に基づいて、この原発の危険性について議論をしてはいけないとして、何の対策もしてこなかった。思考の空白が大きく影響し、被害を拡大しました。
 同じく、この空襲等被害の問題も、私たちは、法的にもまた政府としての責任のとり方も不明のまま今日に至っています。

 今日、議員連盟の発足を迎えましたが、ようやくここまでたどり着いたのは、全国空襲連の皆さん、弁護団の皆さんの、長年の血のにじむようなご努力が、私たちをここまで導いていただいたわけでございます。
 私たちは、思考の空白と同じように、歴史に空白も許してはならない。66年前の空襲、艦砲射撃の被害などをしっかりと記憶し、その責任を明らかにし、その被害を受けた皆さんをキチッと補償することによって歴史の空白を埋めて、そして初めて未来への一歩を踏み出すことができると思います。
 この問題は非常に難しい問題です。シベリア抑留問題も非常に苦労されています。空襲被害は、被害者だけではなくその家族も、その近隣の皆さんもいなくなっている、町全体が被害者である。資料もない、ということもあるわけです。
 今日は専門家の法制局の皆さんもこられています。私たちは法的に歴史的に難しい問題に取りかかっている、小さな一歩ではございますが、必ず大きな歴史的な課題の扉を開いてくれると思っています。

◎ 司会・高井崇志議員
 今日は設立総会と勉強会と盛りだくさんですが、忙しい中、国会議員の皆さまが来ていただいています。これからマイクを順に回しますので、一言ずつ簡単な自己紹介をしていただけたらと思います。私は、岡山選出の衆議院議員です。岡山も空襲の被害に遭いました。しっかりとこの議員連盟を通じて頑張っていきたいと思います。

◎ 柿澤未途議員(衆・みんな)
 私の地元は江東区でありまして、東京大空襲3.10の最も大きな被害を受けた地域でございます。先日、津波の義捐金募集のために、地元の北砂47町会が、すいとんづくりで避難訓練をやりましたが、津波の話しをしていても、いつの間にか大空襲の話になっていくんですね。子どものころ川沿いを歩いて亀戸まででたら、川は遺体ばっかりだったと、つい日知曜日聞かせてもらったばかりです。町の記憶そのものが、この東京大空襲だと思っています。私も一つの思いを持ってこの議連に参加させていただいていています。

◎ 服部良一議員 (衆・社民)
 この前、大阪の被害者の方たちと一緒に、中国の重慶空襲の現場に行ってまいりました。空襲というものが人類に対する大変な罪だということを改めて認識しました。日本が起した空襲による被害者が中国におおぜい苦しんでおられるということにも思いをいたしながら、日本における補償の問題、社会の問題にキチッと道筋を付けて行かなければならないと思っています。

◎ 山内徳信議員(参・社民)
 私は沖縄出身です。私の事務所に、3年まえ東京大空襲訴訟原告団の団長、副団長、ほか役員がこられまして、大空襲の時の話を聞かせていただきました。あの時代を生き抜いた世代にとって、最後のお仕事ですねと、敬意を表しました。私が東京大空襲の実相を知りましたのは、1970年でした。読谷で、調べていましたら、東京で一夜にして10万以上の人が亡くなり、累々とした屍が積まれている写真に出あったんです。、ショックを受けまして、私は、沖縄だけではなかったんだという思いで一緒に頑張ってまいります。これを成功させて、全国の地方都市にも類似の被害を受けたところがございます。沖縄の那覇市も1日で95パーセントが焼けてしまいました。戦前・戦後世代がお互いに力を合わせて、何としてもその目的を一緒に達成したい。それをしないと死んでも死にきれないという思いで、今日の設立総会関係者のご苦労に対して感謝を申し上げます。

◎ 阪口直人議員(衆・民主) 
 私は和歌山2区から来たんですが、和歌山にも空襲がありまして、小さい頃から父親や祖父から空襲の悲惨さについて話を聞いてきました。私は、海外の紛争地域でのさまざまな平和構築をしてきましたが、まさにわれわれのこの日本においてほんとに悲惨な空襲があり、いまなお苦しんでいらっしゃる方がいるという、そのことは伝えていかなければいけばいし、その問題解決のために残された時間は短いと思います。何としても党派を超えてその解決のために力を合わせるべきだという思いで参加させていただきました。

◎ 瑞慶覧長敏議員(参・民主)
 先日、城森さん、沖縄で活動されている瑞慶山弁護士が法案への協力を要請されました。当然私も沖縄ですから、亡くなったお祖父ちゃん、お祖母ちゃん、それからおやじ、おふくろ、回りの方々から、空襲、艦砲射撃、地上戦のことは、さんざん聞かされてきました。直接経験していませんが、ぜひとも法案の提出、そして成立に向け皆さん方と協力してまいりたいと思います。

◎ 初鹿明博議員(衆・民主)
 私は、中山先生には大変ご指導いただいておりまして、協力しなければなりません。それと私は柿澤さんの隣、江戸川区小松川が地元でありまして、当時私の父は2歳で祖母の実家に身をよせていまして、空襲被害に遭ったということです。私は何度も祖母から東京大空襲の話を聞かされました。ただし、本当に悲惨な状況は、私たち子どもには話してくれなかった。記憶では、街中、とくに旧中川は死体だらけだったと耳にしています。実際に被害に遭った方々のためにも、私たち戦争を知らない世代が、この問題についてきっちりと終わらせるつもりで、国会で活動させていただいておりますので、いろいろご指導をお願いします。 

◎ 赤嶺政賢議員(参・共産)
 私は沖縄県の出身ですが、ちょうど6月は、沖縄戦の末期の月でありました。梅雨時に米軍が上陸して、体験者ひよれば、空襲も恐かったが、艦砲射撃がいちばん恐かったといいます。空襲、艦砲、戦時船舶遭難などで犠牲になったったけれども、何の補償もない、生きた証もないという体験者とともに過ごしてまいりました。ぜひ、この議連の援護法成立のために皆さんと一緒ぬ頑張っていきたいと思います。

◎  高橋千鶴子議員(衆・共産
  東日本大震災の被災地をみると、ほんとに空襲の跡のようだとおっしゃる方が沢山いるんです。自分自身は経験したことはないんだけれども、もしやこんな感じだろうかと想像します。 空襲犠牲者の遺族の皆さんが犠牲者の名簿をつくることから始まって、この裁判を闘ってきたのだということを私たちはしっかり受け止めて、国の責任・補償を勝ちとるために力を合せていきたいと思っております。

◎ 井戸まさえ議員(衆・民主)
 私は兵庫1区です。今日ここに伺ったのは、頂いた資料の中で、戦災孤児の方々が鉄格子に入れられているという写真を見て、たいへん衝撃をうけました。こうした私たちが知らなかった事実を学び、伝えて行くこと、これが今の子供たちを護っていくことになるのではないか、そんな思いでまいりました。これから勉強させていただきたいと思っておりますので、よろしくお願いします。

◎ 福島みずほ議員(参・社民)
 今日、議員連盟が設立ということで、ここにこぎつけた皆さんに、ほんとに心から敬意を表します。全国を駆け回っておりますと、ここはこんな状況だったとよく聞くわけで、その記憶と歴史を絶対に風化させてはならないと思っています。2点目は、空襲被害者と軍人さんたちとあまりの違い、一方は50兆円、片やゼロの差別、もともとおかしい。しかしどうやって平等にしたらいいのか、あまりにも途方もない。これはどうもおかしいぞと言っておかないと歴史の中で直っていかないのではないか。3点目は、空襲経験者の皆さんからよく聞きますが、私たちがこの問題に真っ向からむきき合うことで、世界中の空襲等で亡くなる一般の人をなくす力になるように、私たちの努力がつながればいいと思っています。あのイラク戦争のとき、空爆される一般のイラクの人はどうなんだ。私たちは空爆など受ける一般の人たちによりそって、世界中からそういう状況がなくなるように、頑張っていきましょう。

◎ 石毛^子議員(衆・民主)
 私は1945年敗戦の8月を銚子で迎えました。アメリカ軍が銚子湾に艦隊を寄せてくるときに、横穴防空壕で日本兵が機関銃を海に向けて撃つそのうしろにおりました。もしかしたら命はなかったかも知れません。ここに高井さん、柿澤さん、初鹿さん、ほか若い人たちがたくさん参加して下さっていることを本当にうれしく思います。キチッと継承されていくと確信をもちました。(同じ戦争被害者で)援護に結びついている人たちと、結びついていない人たちの、この違いはもの凄く多きい。ここに訴訟をはじめ、議連の意義があると思います。皆さんと共に力をつくしてまいりましょう。

◎ 糸数慶子議員(参・民主)
 私は沖縄県選出です。今日は沖縄県選出の議員が4人おりまして、山内先生が戦争の体験者、あとの三人は戦後生まれです。この戦争で沖縄の4人に1人が亡くなり、今も不発弾が出ており、遺骨の集骨も未だ終わっていない。この沖縄からやってきた議員の一人として、何としてもこの法案の成立をやっていきたい。世界の中でいろんな形で“国の在り方”が問われています。戦争、基地、原発などの実態と問題をきちんと責任をもって解決していく国をめざしていくべきだと思っています。私の政治に関わるきっかけは、この沖縄戦を語ることにありました。そのためにもこの法案の成立まで、皆さんと一緒に頑張っていきたいと思います。

◎ 谷 博之議員(参・民主)
 きょうは議連の結成を迎え、おめでとうございます。私は栃木県選出議員です。昭和20年7月12日の夜、宇都宮の大空襲がありまして、631人の方の尊い犠牲があったといわれています。そういう大きな事実を後世に伝えるために、宇都宮空襲展を続けてやっておりまして、今年35回目。戦争というもは、後になってもなおさまざまな課題が続いてきていると改めて認識をさせていただいています。
 もう一つ、昨年シベリア特措法が成立いたしました。私も超党派の議員の中で事務局をさせていただきました。戦後問題の課題は山積しておりますが、その中で一つひとつの課題をわれわれの世代でしっかり解決していく。そしてその歴史を風化させないように後世に残していく。これがわれわれの最大の課題だと思っています。この大空襲、法案提出ということになってくると、まず最初に財源の問題だと思います。相当高いハードルになってくると思いますけど、いずれにしても立法にむけて一歩一歩進めて行くよう、皆さん方とともに頑張っていきたいと思っています。頑張りましょう。

◎ 笠井 亮議員(参・共産)
 比例東京で、地元東京でも被害者のお話をたくさん伺ってきました。そして全国でも空襲被害の話を伺いながら、皆さんと心一つにして法制化に向けて頑張りたいと思っています。空襲の被害に遭われて、筆舌に尽しがたい思いをされて66年、日本の政治が遅れている。国がしっかりと補償をすることが大事になっていると思います。私自身は被爆二世で、母については「被爆者援護法」があります。しかしそれも国家補償ということではない。まして空襲被害の皆さん、同じ戦争の下で被害を受けられたのになにもない。これでいいんだろうかと私自身も感じてきました。きょうここに党派を超えた「議連」ということで頑張ってこられた皆さんと共に、一刻も早い立法化のために頑張りましょう。

◎ 司会 高井崇志議員
 はい、どうもありがとうございました。それでは、次第とおり設立総会に入らせて頂きます。
 先ず、@設立趣意書について、先ほど首藤先生のご挨拶に尽きておりますので、お目通しをいただいて、ご確認いただければと思います。
 A規約案について、これも通常の議員連盟とほぼ同じでございます。会費は当面無料とさせていただきます。
 B役員案でございますが、この3月10日の設立準備会に参加いただき、そこでの呼びかけ人の方に入っていただきました。その中で会長には、この間尽力いただいた首藤先生にお願いをしたいと思います。超党派の議員連盟をめざしておりますので、副会長にはそれぞれ各党からお願いしたいということで、準備会に来ていただいた方を中心にお話をさせていただきました。なお空欄の所がございますが、このような議員連盟でありますから、できるだけ全ての党のご参加をということで、お話をさせていただいております。具体的には自民党、公明党さんですが、今日の段階ではまだお名前をいただけておりません。しかし各党その趣旨には大いに賛同いただいておるところでありますので、引き続きお話を進めて、この空欄を埋めさせていただきたいと、事後承認ということになりますけどそういう形でさせていただけたらと思っています。事務局長は、首藤先生と同じ民主党の私高井が、首藤先生のもとでさまざまな事務をさせていただくということで、私高井が事務局長という案です。
最後に、C入会申込書というのがあります。今日設立されましたら、超党派で多くの議員の皆さんに呼びかけたい。
 以上 @設立趣意書、A規約書、B役員案、C入会について の4点を一括してご承認を頂けますならば拍手をいただきたいと思います。
 (拍手)  はい、ありがとうございます。満場の拍手をいただきましたので、これにて「空襲被害者等援護法を実現する議員連盟」は本日を以って設立ということでよろしくお願いいたします。
設立趣意書      と    規  約

      

        〈 議 員 連 盟 役 員 および 参 同 者 〉 (敬称略)     7月1日現在
 会   長 首藤信彦  (衆・民主)    
 副 会 長 赤松正雄  (衆・公明) 柿澤未途  (衆・みんな) 笠井 亮  (参・共産)
   服部良一 (衆・社民)
 事務局長 高井崇志   (衆・民主)    
 幹   事 相原久美子  (参・民主) 赤嶺政賢  (参・共産) 糸数慶子 (参・ 無 )
木村たけつか (衆・民主) 斎藤 勁 (衆・民主) 阪口直人 (衆・民主)
瑞慶覧長敏  (衆・民主) 高橋千鶴子 (衆・共産) 初鹿明博 (衆・民主)
平山泰朗  (衆・民主) 福島みずほ (参・社民) 山内徳信 (参・社民)
参 加 者 石毛^子   (衆・民主) 井戸まさえ
(衆・民主) 谷 博之 (参・民主)
辻 恵     (参・民主) 姫井由美子 (参・民主
秘書代理 工藤仁美  (衆・民主) 佐々木隆博 (衆・民主) 志位和夫 (衆・共産)
杉本かずみ (衆・民主) 高野 守  (衆・民主) 又市征治 (参・社民)
古川元久  (衆・民主) 吉泉秀男  (参・社民) 森山浩行 (衆・民主)
                                           ※複数名の役員については50音順
                      
(副会長、幹事等さらに参加者を求めています。)


↓ 勉強会
  司会は続いて高井崇志議員
○衆議院法制局第5部 厚生労働委員会担当 岡本修部長
 
 「配布された「空襲被害者等援護法案(仮称)の骨子素案」について、これは素案でありまして、これから議連の皆様方は議論し、立法の際には、このような内容についてお考え願いたいと思うことを中心に述べていきたいと思います。」
 そして、以下の素案について、概略を説明しました。


               空襲被害者等援護法案(仮称)の骨子素案
  第1 趣旨

      国の責任において、空襲等による被害者及びその遺族に対する救済措置、被害の実態
    調査等を行う。
  第2 救済の対象となる被害の範囲
     現在の日本国内において昭和16年12月8日から昭和20年8月15日までのあいだ
   に行われた空襲その他の戦闘行為として政令で定めるもの(以下「空襲等」という。」)
   による被害であると認められたもの
  第3 救済の内容
    1 死亡したものの遺族
      弔慰金の支給
    2 障害の状態になった者
     (1) 見舞金の支給
     (2) 被害者手帳の交付
     (3) 医療の給付 (補装具を含む。)
     3 両親を失った者 (孤児)
      見舞金の支給
     ※1 恩給法・戦傷病者遺族等援護法・戦傷病者特別援護法・被爆者援護法の対象者
         を除く。ただし、被爆者援護法の対象者についての弔慰金・見舞金については要
         検討。 
     ※2 外国籍を有する者については、既存の法令(台湾・在日韓国人旧軍人軍属弔慰
         金) における旧軍人軍属に対する給付との均衡を考慮する必要がある。
  第4  協議会の設置
     救済の対象となる被害の範囲については、引き続き検討するとともに、救済措置の円
    滑な実施を図るため、協議会を設置する。
  第5  被害の実態調査
    1 政府は、空襲等による被害の実態調査を行う。
    2 政府は、空襲等による被害に関し追悼碑の設置、記念館の建設等の事業を行う。


○ 城森 満 全国空襲連副委員長
 きょうは先生方、全くお忙しい中、お越しいただいて、心から御礼を申し上げます。戦後66年間、片や50兆円の支出、片や0円の支出という全く不均衡な扱いに、東京、大阪の空襲被害者、傷害者が立ち上がりました。それが今日ここに先生方のご理解、ご協力があって「議員連盟」ができまして、やっと国会の議論の俎上にのり、立法への道筋が見えてきました。
 いま、法制局の岡本部長から骨子案が説明されました。これから国会の先生方にしっかりしたものにまとめ上げて頂きたく、よろしくお願い申し上げます。

○ 中山武敏 東京大空襲訴訟弁護団団長
 今日議員連盟が発足して、東京大空襲、大阪空襲、名古屋空襲の被害者、ほんとうに希望がでてきました。立法素案には、“国の責任において、空襲等による被害者及びその遺族に対する救済措置、被害の実態調査等を行う”と、この「国の責任において」ということを立法指針にして議員連盟が発足したということは、非常に大きな意義のあることです。戦後補償の裁判はすべて最高裁の受忍論を引用して、法的責任はない、被害の実態も認識しないという態度できています。ここで国に責任があるということを打ち出したことは、今後の訴訟にも影響を与えていきます。私たちは本当に新しい希望を見出しています。
 今回の大震災と原発事故被害は、立法に悪く影響することを懸念していましたが、震災後の4月でも、新聞各社、特に毎日新聞では、空襲被害者の苦しみは現代も続く問題であるとして取り上げています。私のところにも沢山のはげましがきています。阪神・淡路大震災などほか自然災害に対して「災害弔慰金法」や「被災者再建支援法」などが適用されています。国家指導の下で起きた人災の戦争被害受忍論は憲法14条にも違反する。こういう中で私たちの立法を求める運動は大きな支持をえています。

○ 瑞慶山茂弁護士
 私は、「沖縄民間戦争被害者の会」の顧問弁護団の団長をしています。
 沖縄の10・10空襲については、あまり知られていません。1944年10月10日、沖縄の那覇を中心に奄美大島ほか南西諸島が、アメリカの延べ1,300機以上の艦載機によって無差別空襲をされました。那覇市は日本で初めての焼夷弾爆撃で9割以上焼け野原になり、多数の死傷者を出しました。沖縄戦の被害の実態は、空襲だけでなく艦砲射撃、銃撃戦のなかで一般民間人が被害を受けました。民間被害者は9万4千人。そのうち戦闘に協力して「援護法」が適用され、準軍属として扱われた人が5万5千人、適用されない一般民間人が約4万人、そのほかに遭難船、一家全滅を加えるとさらに増えます。
 このように沖縄でも、援護法を受けている人と、受けていない人の差別・格差という、非常に深刻な実態があります。
 こんどの空襲被害者等援護法で、すべての者を平等に救済していただきたいという思いで、この運動に参加しています。後世の歴史に残るよい法律にしていただきたいと思います。

全国空襲被害者連絡協議会の会員、原告、記者など約60名が参加しました。

 空襲被害者を救済する法律を立法化するために、党派を超えて集まる国会議員の先生方に、全国空襲連として、東京(関東)、大阪、名古屋の人たちが、感謝と希望を託しにやってきました。


○ 杉山千佐子氏
(名古屋・全国戦災障害者連絡会)
○ 安野輝子氏
(大阪空襲訴訟原告団長)
○ 豊村美恵子氏
(東京大空襲訴訟原告団副団長)
○ 山本英典氏
(東京都原爆被害者団体協議会)
 4氏は、議員に今も苦しむ空襲被害者の心情とともに感謝と期待を述べ、熱心に要望も伝えました。
 


○ 杉山千佐子氏 (名古屋・全国戦災障害者連絡会)
 私は、あと一カ月すると満96になります。40年近く国会へまいりました。何度も何度も戦時災害援護法を訴え続けてきましたが、駄目なんです。幾たび涙を流して帰ってきたことでしょう。それがどうでしょう、こうして議員の皆さまが、立ち上がってくだすった。本当にうれしゅうございます。ありがとうございました。どうぞ、これを絵に書いた餅にしないでほしい。実行していただきたい。そして日本にいる多くの戦争被害者、戦争の犠牲者に明るい光を与えてください。よろしくお願いいたします。 

○ 安野輝子氏 
(大阪空襲訴訟原告団長)
  あの戦争から66年、私たち戦争被害者は、一日も心に安らぎのない人生を強いられてきました。6歳のとき米軍の落とした爆弾の破片を受けその場で左足がちぎれてしまい、それから松葉杖と義足で生きてまいりました。十代になって母に「なぜ戦争に反対してくれなかったの。戦争さえなかったら、こんなに辛い目に遭うこともなかったのに」と母をよく困らせました。この少女ころの私の叫びは私たち自身に向けられていると思います。国が私たち空襲被害者の救済を放置してきた最大の根拠は、我慢しなさいという「戦争被害受忍論」です。もし私たちがこのまま死んでしまえば、また同じ歴史が繰り返されると思います。子や孫たちの世代が気になります。「あなたのおばあちゃんは戦争被害を受忍(ガマン)したんだよ。あなた達も我慢しなさい」と言わせてはなりません。人権をとり戻す本当の民主主義を孫の世代に手渡したい。国に差別なき戦後補償を求める闘いは、この国の、この世界の未来を築くことだと確信しています。私たちは人生の最後の闘いとして頑張っています。国会議員の皆さん、どうか共に立ち上がって下さい。よろしくお願いします。
 
○ 山本英典氏 (東京都原爆被害者団体協議会)
 先ほど岡本部長が、「国の責任おいて」という文言は、被爆者援護法の前文から援用したとおっしゃられました。その通りだと思います。それに続く被爆者援護法の文章は、放射線という特殊な被害を受けた被爆者に限定した援護だったんですね。ということは生存者対策だけだったのです。空襲、原爆等による被害者およぼその遺族というのは、今日まで何の償いもされていない。そういう意味でこの骨子案の趣旨に、被害者及びその遺族に対する救済措置、被害の実態調査等を行う、とうたわれたということは大変画期的なことだと思います。私たち被爆者も、生存者対策にとどまらないで、原爆による死亡者、その遺族に対する償いをすべきだと運動をしています。空襲被害者等援護法は、本当に私たちの趣旨に沿ったものだと思います。この法のために私たちも全力を尽して共同闘争をしていきたいと思います。

○ 豊村美恵子氏 (東京大空襲訴訟原告団副団長 
 国会議員の先生方のお骨折りで、今日まできたことを大変うれしく思います。
 なぜ身障者が66年間こんなに辛い思いをして生きなければんらなかったのか。私は3月10日、深川で両親、兄弟、4人が亡くなり、その日から食べるところ、寝るところもなく、お金もない、孤児同様になった。8月3日、勤め先の帰りに機銃掃射で右手をやられました。出血がひどくてもう死ぬんじゃないかと思いながら、やっと改札まで行って担架に乗せてもらいました。命は助かりましたが、女が片手で何ができるんですか。やはり手(義手)が短いもんですから、どうしても身体が偏ります。レントゲンを撮りますと背骨が、上半身の骨が弓のように曲がっているんです。身障者は必ず副作用・身体に変形がでてきます。だから医療費だけでなく、療養手当みたいなものも必要です。一人で生きていくためにはいろんなあらゆることにお金がかかりますので、障害者の実態を十分にご配慮して検討していただきたいと思います。

司会:高井崇志議員
 はい、どうもありがとうございました。ほんとにさまざまなご意見をいただきまして、ありがとうございました。
 今日がスタートでございます。皆さんからいただいた貴重なご意見を、法案の中にしっかりと織り込んでいくということを、われわれ国会議員も超党派で取りくむことをお約束いたしまして、今日の設立総会を閉めたいと思います。
 本日はどうもありがとうございました。



終了                      


(注記)
          空襲等被害者援護法(仮称)を実現する
                           議 員 連 盟 設立までの経緯

〔国会が立法を通じて解決すべき問題〕
 空襲被害者の救済補償を求め起こしました東京大空襲訴訟は、一昨年(2009/12/14)、東京地裁・第一審で敗訴しました。即控訴し、いま東京高裁で審理が行われています。しかし、第一審の判決理由文のなかで、この問題は「・・・国民自身が、自らの意思に基づいて結論を出すべき問題、すなわち、国会が、様々な政治的配慮に基づき、立法を通じて解決すべき問題である・・・」と書いています。

 爾後、国民の皆様はもちろん、国会議員の先生方のご理解とご協力をお願いしなければなりません。

〔全国空襲被害者連絡協議会〕
 救済立法となりますと、東京空襲だけでなく全国の大小400以上の都市空襲と50万の犠牲者に関わる問題となりますので、昨年8月14日、東京近隣・大阪・名古屋・九州などの被害者団体が集まって「全国空襲被害者連絡協議会(全国空襲連)」を立ち上げました。

〔有志国会議員の呼びかけによる準備会〕
 全国空襲連に呼応して、今年3月10日午後、有志国会議員の先生方による「議員連盟設立にあたっても呼びかけ人準備会」が開かれました。

 翌、3月11日の東日本大震災で、たいへんな人的・財的被害がました。波跡の風景は、空襲跡の風景、そして眼前の凄惨な状況その後の長い苦難の人生をただちに思い返させます。 3・11被災者に対しては、現行の「災害弔慰金法」や「被災者生活再建支援法」あるいは新法によってできるだけ早く、救済・援護を切にお願いいたします。

 そして、冒頭の通り、議員連盟が設立に至りました。
 昨年(2010年)の6月16日、全会一致で可決、国会の総意に基づいて「シベリア特措法」が成立しました。次には、国内で戦後の重要で最も身近な空襲等被害者を救済・援護するため、全国会議員の皆様方に、党派を超えたご協力をお願いする次第です。