今月 3月16日は、「沖縄戦」被害・謝罪及び国家賠償訴訟の判決があります。
 どのような判決になるか、判決が出るまえに
 東京大空襲訴訟
(2007/3/9~2009/12/14)についての簡単な所感を書いておきたいと思います。


違憲状態 民間戦争被害者の放置   
司法がどうしたらいいか判らない問題を、超党派で衆・参国会議員が解決を目指しています。

/ / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / /  遺族会世話人 西沢俊次
            戦争及び人道に対する罪については時効はありません。
                       「国際人道法」

東京の空襲等被害者が、国に補償を求めた訴え(訴状)に対して、国側の代理人・法務省訟務課公務員は、次のように答え(答弁書)反論を裁判所に提出しました。その主な要点の要約を4つ挙げて、それぞれに批判を加えてみます。

. 最高裁判所昭和62年6月26日第二小法廷判決は、第二次世界大戦中に米軍による名古屋地裁の空襲の際に負傷したとする原告らが立法不作為等を主張して国賠法1条1項に基づき損害賠償請求した本件と同種の事案について、「戦争被害ないし戦争損害は、国の存亡にかかわる非常事態のもとでは、国民のひとしく受忍しなければならなかったところであって、これに対する補償は憲法の全く予想しないところというべきであ(る)」としている。原告らの主張する損害も正に「戦争損害」として、国民ひとしく受忍しなければならない損害であって、これに対する補償は、憲法も予想していないところなのである。したがって、原告らの請求が認められる余地のないものであることは明らかである。」

. 原告が主張する「立法不作為について、それが国賠法上違法となるのは、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などの例外的場合に限られるが、本件がそれに該当しないことを主張する。

 そして、該当する判決例として、平成17年の「在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件」と「最高裁昭和60年11月21日第一小法廷判決」を挙げる。

. 行政不作為の違法をいう原告らの主張は誤りである。

「国賠法1条1項の請求として特定を欠く。原告らの主張する責務は政治上・道徳上の一般的責務にとどまる。

 政治責任は、あくまで政治責任であって、国民は、選挙や言論を通じて国政担当者の責任を問いうるにすぎない。

また、本件において、行政府に原告らが主張するような、空襲の事実調査や原告らに対する救済措置を行うべき作為業務を課するような法の明文規定はなく、また、法令の解釈によって具体的に規定されていない場合ではないのみならず、公務員の作為権限が法令によって具体的に規定されていない・・・。」

. 以上のとおり、原告らの請求はすべて理由がなく、本件各請求は失当であるから、速やかに棄却されるべきである。

   

 前述の国側代理人の内容は、恣意的反論であることを、以下に示します。
 行政訴訟に裁判員制度はありませんが、行政裁判こそ、裁判員制度が必要です。
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 ▶1. について 意味不明、説得力がない

この国側の反論を分かりやすく書き直しますと下記のようになります。

“昭和62年、3名の空襲被害者が補償を求めて訴えた名古屋空襲訴訟での最高裁判決例がある。それによると、戦争による被害や損害は、国民の一人ひとりのみんながひとしく我慢すべきで、これを補償すべきなどということは日本国憲法も予想していない。本件(東京大空襲訴訟)の場合もこれと同じであって、原告らの請求は明らかに認められない。”

このような国側の反論の異様さを考えてみましょう。

今から約30年前の名古屋空襲訴訟の判例に倣って、戦争によって家族を失った人も、一生に係わる傷害を負った人も、経済的被害も受けても身体的被害のない人も、逆に戦争によって得をした人も、みんな戦争被害または戦争損害として等しく我慢すべきだという。国側は「これに対する補償は、憲法も予想していない」というが、これは日本国憲法に書かれていない」ということか。戦前の大日本帝国憲法下では、民間戦争被害者を救済する「戦時災害保護法」があった。戦後は新憲法の下、民間被害者を救済する一意的法律は、まだつくられていないけれども、憲法第11条、第12条、特に13で、幸福を追求する国民:戦争被害者の権利は、公共の福祉のために、国会の立法や政府において最も重要に扱わなければならない、と書いています。民間戦争被害者の要求は公共の福祉の向上のために、国会は救済のための法律をつくり、政府は、その権利を守るための行政を行うよう最大の努力をする義務があるのです。

国側代理人は、どうして古い判例に固執するのでしょうか。どうして憲法を無視するのでしょうか。

過去の判例からすると、たぶんその根拠は、明治憲法の国家無答責の原則の下に生じた事件を、特別の定めがない限り、法務省訟務関係は、政府の状況を忖度し、“戦争被害または戦争損害に対する補償は、憲法も予想していないところなのである。したがって、原告らの請求が認められる余地のないものであることは明らかである。”などと意味不明な主張をするのだと考えられます。

原因の発生が戦前の旧憲法下であっても、戦後の被害者の現状は、当然、現憲法で判断すべきです。国政や国会の不作為によって損害を受けたときは、前記の国家無答責の弊害を防ぐために用意された憲法第17 条に基づいて、法律の定めるところ(国家賠償法)により、国又は公共団体に、その賠償を求めることができると決められています。

国側の代理人の反論は、恣意的に間違いをしています。

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2.憲法17条と「立法不作為の意味」をわざと避けて反論している

昭和27年、「戦傷病者戦没者遺族等援護法」が制定され、昭和28年、軍人恩給制度が復活しました。しかし、同じ国民である民間戦争被害者を救済する法律は未だに制定されていません。

昭和48年の第71回国会において社会党など野党議員の提案で、民間人戦争犠牲者を対象とした「戦時災害援護法案」が参議院に上程されたのを初めとして、その後昭和63年の第112回国会まで、14回にわたって上程されたが、いずれも廃案となった(訴状と判決理由文から引用)。

この経緯は、憲法14 条の法の下の平等に反するというよりも、民間被害者の救済立法を故意に怠ることは、立法裁量の逸脱に当り、不作為の罪というよりも憲法第13条に違反しています。

国側代理人が、前記 2. において「それが国賠法上違法となるのは、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などの例外的場合に限られる」と書いていますが、本件は正にその通り該当します。空襲等民間被害者が長年にわたって求めてきた法律を、国会が憲法13条に基づいてつくることをしなかった。そのために長期にわたって経済的、精神的不利益を被っている現状は、憲法17条に違反し、国賠法上の違法となります。17条は、公務員の不作為による被害を救済するための法律です。

 国側の代理人は、平成17年の判例、「在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件」と最高裁昭和601121日第一小法廷判決」を掲げて、
「・・・国会議員個々人の立法不作為が直ちに違法行為の評価を受けるものではない」というようなこと書いて、本件の場合は「国賠法」に当たらないと無理な弁明をしますが、それは大きな間違いです。憲法の第
3章第13条後段と第4章によって使命を与えられている「国会」の立法不作為の罪は、国家の責任となって「国賠法」を適用するか、即立法化するか、あるいは調査など猶予期間をもって立法化にあたらなければならないのではないでしょうか。
裁判所は、判決で、行政と国会に対して国賠法を適用するか、援護する法律をつくることを勧告しなければならない。

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3. [行政不作為について] の国側の反論も恣意的な主張である

国賠法の目的と意義

第一条  国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
  国側代理人は、「原告らは「国賠法11項の請求として特定を欠く」というが、それ故に国賠法を請求する資格がないとすることはできない。」と書くが、援護法がないために、戦後人生に苦難を強いられてきた。損害を救済するのは憲法13条、それに17条と国賠法なのです。代理人らがこの国賠法の意義を知らないはずがない。分かっていながら、立場がそう書かせるのだろうか。

戦争被害を受けた日本国政府を筆頭に、全国各都道府県、市区町村の自治体が、その被害の実態調査しないために、適切な救済・援護・補償などの措置ができなかった。また、GHQ占領下にあって、1946年、新憲法が公布されているにもかかわらず、被害調査とその公表と報道は禁じられていたかも知れない。
 しかし、
1952年の講和条約発効したのちは、被害調査の実施、公表はできたはずです。それでも占領下の社会風土、経済不況状況が続いていて、政府と各自治体それに市民が、被害者を救済する雰囲気、被害調査をする意識など低かったかも知れない。

この状況にあって、各自治体はできる限り被害の実態調査をする行政上の被害調査義務があったのではないか。戦前・戦後、日本の各自治体は戸籍簿の管理は重要である。

  軍人軍属の援護法や恩給法の復活がマスコミでも話題になったはず。経済成長期からは被爆者の運動や、空襲被害者の訴訟も始まっている。
  戦争災害や自然災害では、国家公務員の一人ひとりに明確な行政不作為の罪は問うには及ばない。しかし、このような状況にある自治体が、そして最終的には国家が責任を負わなければ法的解決はない。
 憲法第17条と国家賠償法はそのために用意されています。

  国側の代理人は、「行政府に原告らが主張するような、空襲の事実調査や原告らに対する救済措置を行うべき作為業務を課するような法の明文規定はなく、また、法令の解釈によって具体的に規定されていない場合ではないのみならず、公務員の作為権限が法令によって具体的に規定されていない・・・。」などと書いている。第13条・14条の存在を無視しています。民間戦争被害者を救済しろという一意的な法律はない。では作れと言われても作れという法律もない、といっている。毎年国会で、数えきれないほどの法律や、法律の改正をしているのに・・・。

そんな無責任な行政府があるだろうか。例えば、阪神淡路大震災や東日本大震災など自然災害において、公務員一人ひとりはともかくとして、その被害の実態調査をしない自治体があるだろうか。被害者の救済・援護・死者への補償など救済援護法施行する公的資料として重要です。その責務は政治上・道徳上の一般的責務などにとどまるものではない。

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4.日本の「司法」について

10回の口頭弁論で、原告側弁護士や原告、証人がする陳述に対して、被告国側の代理人は、反論陳述を一切しない。一方的で議論にならない、かみ合わない。

裁判長はその態度から、原告の訴えはよく理解したと思われる。

 ところが判決は意外。裁判長が棄却文の数行を小声で読んで、すぐに他の二人の裁判官と退席したという。

    

 再度、「東京大空襲訴訟」の一審判決文を読むと、ほぼ忠実に「答弁書」の主張に準じているのです。

「答弁書」をみても、「判決文」を読んでも、決して日本国憲法を根拠に判断しないということに気が付きます。判決文は、原告の心情的なところは認めても、重要なとことで敢えて肝心な憲法の各条文による根拠を避け、あの手この手で無理な理屈をつけて、「答弁書」の指示に従い、いかに原告の主張を否定するか、に全力をかけています。

判決文の中に、唯一一カ所、「答弁書」に書かれていない、次のように希望が持てる文章がありました(判決文26頁)。空襲被害者の心情を認め、その内容の多様さを述べ、他の被害都市の存在も認めたあとで、
 
「このように考えていくと、一般戦争被害者を含めた戦争被害者に対して救済、援助を与えるかどうか、与えるとしてどのような救済、援助をあたえるべきかといった問題は、一定の原理原則に基づいた判断をする裁判所が解決するのにふさわしい問題ではなく、様々な事情を考慮した上で、国民自身が、自らの意思に基づいて結論を出すべき問題であるといわざるを得ないし、このような国会の立法に関しては、上記のような事柄の性質上、極めて広範な裁量を認めざるを得ないものと考える。・・・」
 
と書かれています。
 「戦争損害は、国民ひとしく受忍(我満)しなければならない」とは書いていません

 この文言によって、「全国空襲被害者連絡協議会」が結成され、国会議員の「空襲被害者等援護法を実現する議員連盟」が設立されました。
 議員連盟は、衆・参の解散選挙を経て、現在
「空襲被害者等の補償問題について立法措置による解決を考える議員連盟」(空襲議連)が再発足しています。 
 ただし、このように裁判官が憲法判断をせず、国会の「立法裁量」に任せる態度も、日本の司法の極端な消極主義によるものだという。

甲斐素直日大法学部教授が、ある講義文で、下記の著書を紹介しています。

「裁判所が法律の合憲性の審査を求められたとき、立法府の政策判断に敬意を払い、法律の目的や目的達成のための手段に詮索を加えたり、裁判所独自の判断を下すことを控えるべきである」(戸松秀典著『立法裁量論』有斐閣1993年刊、3頁より引用)

戸松秀典自身は、(裁判官の)立法裁量論の根拠について、次のように整理している。

「最高裁判所が立法裁量論を適用するときの論拠に注目すると、いくつかの裁判例の中から次のような要因を摘出することができる。

すなわち、

    立法措置をするにあたって種々多様な要素についての判断が必要であること

    国の財政事情に関わる判断であること

    専門技術性を伴うこと

    複雑微妙な政策判断、あるいは、複雑かつ高度な政策的考慮を必要とすること

これらの要因を根拠として、政策決定の判断権者としては、司法府よりも立法府の方が適しているから、裁判所は、立法府の判断を尊重して立法措置についての立ち入った判断をしない、としているのである。」(戸松『憲法訴訟』253頁より引用)

憲法第763
 すべての裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律のみに拘束される。

に自ら違反するのです。
 これでは「三権の分立」が成り立ちません。

 明日、3月16日に行われる、「沖縄戦」国賠訴訟 に対する沖縄地裁の判決は、どう判断されるでしょうか。
 裁判所は、一度に決められなくても、戦後70年間の社会の状況変化を背景とする事情判決とか、急を要するので、調査は援護立法と施行を並行させる付帯条件をつける判決をすること。三権の一つとして、国会と行政府に対し対等であることを期待します。


2016.03.13
                        
以 上