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  DVD上映 『生きて 伝える - 戦災孤児吉田由美子さん』 ・・・製作 鈴木賢士さん        
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体験者の話
 清岡 美知子さん (東京大空襲訴訟原告団副団長)
 安野 輝子さん  (全国空襲連副運営委員長・大阪空襲訴訟原告団代表)






   合 唱    「合唱団この灯」   



  
全国空襲連・結成4周年のつどい

あいさつと呼びかけ
 全国空襲連運営委員長  星野 弘
    〃   共同代表    中山 武敏
 新社会党中央本部  長南 博邦 書記長
 共産党 田村 智子 参議院議員
 緑の党グリーンズジャパン東京都本部  漢人 明子 共同代表
 社民党副党首 福島 瑞穂 参議院議員
 結いの党 柿沢 未途 衆議院議員 (空襲被害者等援護法(仮称)を
                        実現する議員連盟 事務局長)
 日弁連副会長・立法対策センター委員長 花井 増實氏
 東京都原爆被害者団体協議会事務局長 家島 昌志氏
 東京都平和祈念館建設(仮象)を進める会世話人 高岡 岑郷氏
 全国空襲連共同代表 作家早乙女勝元さん
         ― 記念講演 藤森 研氏 ―
 アピール 全国空襲連事務局長 足立史郎
 閉会あいさつ 全国空襲連副運営委員長 城森 満
      

                記念講演
        平和をどう伝えるか
     元朝日新聞論説委員・専修大学教員 藤森 研氏

 私は37年間、朝日新聞の記者をやってきました。さっきからずーっとお話を聞いていて、戦争そのものについては、私なんか付け加えるものはあまりないと思います。戦争を体験された方とか、私を含めた若い中間にいる世代、私は65歳、戦後派の上の方ですけれども、そういう者が、戦争や平和をどういうふうに伝えて行くのかということを申し上げて、何かの参考にしていただければと思います。

 前途は洋々ではなくて、まだまだ頑張らなくてはいけないという皆さんの決意がひしひしと伝わってきます。それは恐らくいま世の中に流れている戦争の風化、あるいは僕の属するジャーナリズムでいうと、8月15日前後、あるいは8月6日、9日前後だけが平和問題になって、また静かになる。これが8月ジャーナリズムというふうに揶揄されたりもする。もちろん私は3月10日などもやっていくべきだと思いますけども、いずれにしてもそういう揶揄というのがだんだん若い人たちにもできているのかなという感じがします。そういう中でどのように自分は考えてきたか。

戦争に至る過程を自分なりに調べてみますと、新聞社は、最初は、少しはしぶしぶ、途中から歩調を合わせ、最後は軍部よりも高らかに戦争を先導した。そういう過去をわれわれは持っています。そのこと自体をわれわれはきちんと反省しなければいけないと思うんです。戦後になって、われわれの先輩は二度とこんな過ちをしない。国民を塗炭の苦しみに導いてしまったような間違いをしないように、ということで二度と戦争のためにペン、カメラを取らない。輪転機を回さない。というのがわれわれ新聞労働者の合言葉なんです。現在も、新聞労働組合連合がこれを毎年運動方針で追っかけて、今に活かそうと言い合っています。

しかし今年の8月15日は、去年の8月15日とは違いますね。去年の12月には軍事機密を含む「特定秘密保護法」ができてしまった。今年の4月1日に武器輸出三原則がなくなり、7月1日、閣議決定で集団的自衛権の行使を認めた。限定要件を付けているが、今までと比べると明らかに行使が部分的にできるようになった。

戦前に戻らないように、間違っても戦争に向かわないようにしていくにはどうしたらいいか。皆さまも常々思っておられると思いますが、広く若い人たちに十分伝わっていない。だから、いろんな運動が必ずしも大きな広がり、力にまだなり切れていない。その中でこの8.15を迎えてしまっている。どうやったら平和あるいは戦争をきちんと伝えていけるのか。ものすごい難問を中山先生から突き付けられました。昨日も、実は今朝もまた考え直したりして執拗に考えてみているのですが、絶対にこれだ、なんという立派なものは私からは十分に出ません。

そこで自分なりに考えて、「平和の何を伝えるか」に絞って話させていただきます。どういうふうに伝いたいかというときに、私も1949年生まれですが、大学で憲法学者の小林直樹という護憲学者のゼミナールで鍛えられました。いろんなことを考えて、やはり絶対に平和主義がいいんじゃないかという考えは、今に至るまで自分の中では変わらない。ただし、それを十分に自分のことばとして人に積極的に言えているのかというふうに考えると、誠に忸怩たるものがあります。私はやっぱり例えば憲法9条を変えるなと。他に、変える方が現実的だし、あるいは集団的自衛権の部分行使できれば、その方が抑止力が高まって、むしろ戦争の恐れが遠のく、などという安倍政権の考え。いろんな見方があるだろうと思います。私は国際関係と比べますし、それがどちらがいいのか、正しいのか断定することはできませんが、ただ僕自身は憲法9条を変えようというのには、個人的には反対です。そのことはあまり揺らがないです。何で揺らなないかというとたいへん生意気なんですけども、自分の一つのパースペクティヴというか、遠近法みたいなことを四十何年前かから十分に考えてきたということがあると思います。戦争と平和の何をどう伝えるかということを考えるとき、僕は「歴史感覚」と、「共感性」ということが重要とする考えです。それはジャーナリズムにおいて何が一番大事かなということで、いろいろ先輩から教わったりします。まず駆け出しで40年前に新聞記者になったときに最初に教えられるのは、鳥の目と虫の目、すなわち鳥瞰図と虫瞰図。虫瞰図という言葉は日本語的にはないと思いますが、記者はよくそう言います。つまり鳥のように上から全体を見る。そして虫のように一番身近でみるというような両方の目を持たなければいけないよというようなことを教えられました。それも恐らく経済学でいうマクロとミクロと同じ意味合いだと思います。それと同じことなんですけど、自分がずーっと新聞記者をやってきて自分の言葉についてそれが「歴史感覚」と、「共感性」とどっちも必要かなということです。平和を、あるいは戦争を多くの人に伝えていくとすれば、やっぱり「歴史感覚」という鳥瞰的な見方が大切。これはどういうことかといえば、今われわれは長い歴史の中でどこにいるのかなということをいつも自己客観視する努力をするということだろうと思います。こうだ、と決まっちゃったというふうに思ってはいけないものだと思います。決まった歴史観とは少し違います。すべて時代は動いていくし、自分も動くというこの歴史の中で自分は今どこにいるんだ、あるいは世界の中で俺は今どこにいるんだということを、緊張関係をもっていつも考え続ける姿勢。これを「歴史感覚」という言葉でいいたいのです。

もう一つの「共感性」ということは、人間同士で、人と人との間で胸に響くものがれば、「言うことが解った」「あ、そうか。差別とはこういうことか」というようなこと。言ってみれば琴の糸、人の持っている琴線がお互いに触れる、共振できる関係、すなわち「共感する」関係。これと先ほどの上から見た鳥瞰図・「歴史感覚」が絶対必要ではないかなと自分なりに考えています。

前に言った憲法9条については、私はあまり言わないんです。私の歴史感覚からすると、長い歴史のなかで、9条はまったく自然だと思うからです。

先生方がいるなかで、口幅ったいですけれど、ちょうど今年が第一次大戦から100年ですね。第一次大戦の死者は兵士が9百万人、民間の非戦闘員が1千万人というように、非戦闘員の死者が多い総力戦になってしまった。戦車、潜水艦、飛行機、毒ガスなどが第1次大戦で出てきた。その前までは、戦争はやってもいいだろという世界でした。むかし中世のトマス・アキュナスのころは、形式的にこれは正しい戦争、これは間違った戦争というような区分けがつくんですけども、だんだん宗教から自由になってくると、ある人は正しい戦争といっても、ある人は違うという。戦争をするのにはそれぞれに理由があり、戦争はしてもいいということを前提としていた。ただし「ハーグ条約(1907)」では戦争は禁止しないが、俘虜の虐待禁止、非戦闘員に損害を与えないというのが19世紀の戦争観。

それがそのまま第一次大戦に突入し、そして人類がまったく経験しない世界戦争を経験してしまった。

第一次大戦(1914-1918)が終わって、戦争は基本的には悪というふうに考える時期があった。ただしすぐには無理だから、例外として制裁戦争と自衛戦争は認めようという「集団安全保障」の考え方がヨーロッパ中心に広がった(いま日本で問題になっている二国間的集団的自衛権とは違います)。これが国際連盟(1919)として結実したわけですね。

もう一つ、厳密な意味での戦争非合法化という考え方。僕はつよく関心を持つんですが、アメリカを中心に1918年にシカゴの弁護士のレヴィンソンが、論文「戦争の法的地位」を『ニューリパブリック』という雑誌に発表したんです。これはもっと徹底していて戦争の違法化、制裁戦争も自衛戦争も戦争を認めない。すべての紛争は話し合いで解決しなさいということです。

人類は20世紀に入って、一次大戦を経て如何に大転換をしたか、「不戦条約」(1928)を読むとよく分かります。わずか3条しかない。

第1条は「締約国は国際紛争を解決するために戦争に訴えることを非とし、かつその相互関係において国家の政策の手段としての戦争を放棄することをその各自人民の名において厳粛に宣言する」

第2条は、「締約国は、相互間に起こることあるべき一切の紛争または紛議は、その性質または起因の如何を問わず、平和的手段によるの他にこれが処理または解決を求めざることを約す」。

3条は省略。

日本も、天皇主権の時代に「各国人民の名において」の部分は留保してこの 不戦条約 を批准した。その3年後1931年にアジアの一角で破られる、満州事変で。もう絶対ないと思われていた大戦 (1939-1945) が、まだ20年しか経っていないのにまた始まってしまった(第二次大戦)

これで国際連合(1945)ができ、集団安全保障を前よりももっと厳格なものにして「国際連合憲章」(1945.10)をつくった。まだいまも国連憲章と世界の状況は乖離したまま、翌年の11月にできた日本国憲法も日本の現状は乖離しそうな状況ですが、当時、集団的安全保障がうまくいくということを前提としていた。さらにそれに加えて、アメリカで盛んであったレヴィンソンの「戦争非合法化」が流れ込んで憲法9条になった、と私は思います。

20世紀は戦争の世紀でしたが、戦争違法化の世紀でもあったんですね。つまり集団安全保障も戦争非合法化案も原則的には戦争は悪であるとしている。ところが、核兵器開発で、世界中の人類を何十回も殺せるような、「集団的自衛」が肥大化してしまった。

20世紀の戦争違法化の流れを、いちばん具体化した日本国憲法の第9条を、世界有数の経済大国日本が67年間堅持し続けてきている。世界で見ても、1991年に冷戦が終わった後、やはり戦争違法化は基本ですから、いろんな動きができています。たとえばローマ規定に基づいて国際刑事裁判所(ICC)ができ、2002年に発効しています。これはレヴィンソンたちが100年前に考えた戦争非合法化のプログラムの一つです。その他に全体としての平和に向けて、例えばカナダなどの有志国と国際NGOでつくった「オタワプロセス」(オタワ地雷禁止条約1997年)。同じくノルウェーなどの有志国がNGOと組んだ「オスロ条約」(クラスター爆弾禁止条約2008年)があります。やはりレヴィンソンが考えた100年前の第一次大戦を出発点とした、戦争違法化への人類の総意の流れだと僕は思っています。日本国憲法を変えて元に戻そうというのは、歴史への逆行だと思います。僕なりに考える歴史感覚です。

コスタリカでは、1949年に常備軍を廃止する憲法を成立させ、ずーっと守り続けてきています。かくしていろんな形で新しい実験が行われてきた。軍隊を保有していない国が30あるという。

第一次、第二次大戦を経て、人類は長い目で見て戦争非合法化に向かって、とうとうと動いているんじゃないかなと私は思います。

今まで歴史的に述べてきました。次に、世界の中で日本はどういう位置にいるか。平和国家として一目とまではいかなくても半目はおかれてきた。中東諸国でも、日本は戦争をしない国だということを知っている。憲法第9条、非核三原則、武器禁輸・・・。自衛隊は軍隊ではないわけですね。つまり専守防衛であって、長距離攻撃武器はもっていません。

今の状況に照らして平和を伝えることは大事だと思う。戦争は昔話ではありませんね。今も世界中で戦闘が起きています。補償の問題はなされていない。一人ひとりを大事にするということが戦争を防ぐ上で一番大事な考えですよね。つまり国より一人ひとりの幸福のために国家があるんです。その国家が間違って戦争をしちゃって、それで何で補償しないのか。一人ひとりを大事にすることが戦争を阻止することになるのです。

去年の12月に「特定秘密保護法」というのができました。戦争をするときには必ず情報統制をします。そのいちばん悪い例の一つは、戦前の「軍機保護法」(1899)により1941年12月8日に起こった悲劇、レーン・宮沢事件(宮澤弘幸・レーン夫妻軍機保護法違反(スパイ)冤罪事件)がありました。

「軍機保護法」は1937年に,広義国防の観点からの大改正が行われ軍事上の秘密の範囲,種類について拡大され、その上独り歩きした最悪のケースだった。

「特定秘密保護法」も、国の安全や外交にからむ機密情報の漏洩を防ぎ、国民の安全の確保を目的としているが、法案が通ったあと実施にあたって拡大解釈されることを防がなければいけない。7月1日の閣議決定「集団的自衛権」の行使も限定的だとされているが、これも同じような現象にしてはいけない。

 経済同友会の終身幹事の品川正治さんが言われたことの中で、戦争体験が「何で伝わらないか」の原因の一つは、戦争体験というのはなかなか語りにくいということ。酷い戦線だったんだよとよく話をするのだが、それにたった一言「そんな酷い戦線であなたはどうしたんですか」という質問がでる。あとが続かない。語ることは難しい。

品川さんの残した言葉、一つ目。

「戦争ということになれば価値観が転倒してしまうよ。“勝つため”ということは最も高い価値をもって、自由とか人権とか、人類がこれだけ苦労して手に入れた権利は勝ってからだよ。“勝つために”という価値観がいちばん前に出てしまって、いちばん大事な皆が持っている命でさえ犠牲にして勝つということになるんだよ。戦争はそういうものだ。」といいます。

二つ目、「戦争というのはすべてを動員するんだよ。経済とか軍事力の問題だけではない。学問も動員するよ。人文科学も動員するよ。社会科学も動員するよ。戦争というものはそういうものだよ。」

 三つ目、「戦争になれば、戦争部門が中枢に座ってしまい、三権分立は働かなくなってしまう。」

 以上、品川さんの語り継いだ言葉。

いわゆる戦後派、戦争を知らない者が戦争を語り継ぐことができるか。それは心が「共感する」関係が必要です。

憲法を変えた方がいいですか、変えない方がいいですかという調査を毎年やっています。憲法を変える必要があるとするのは多数。しかし憲法9条についてどうかと訊くと多数が反対です。

 今年も5月3日前後、憲法や9条について各社社説を毎年ウォッチ、分析しています。全国の新聞の社説を調べ、8月にまとめると、結論的にいいますと護憲派は、新聞社数で87%、全社発行部数で63%。9条を大事にしていこうというのが大半で、今のところ変わっていません。平和と民主主義、一人ひとりを大事にするということは、日本国民に定着している。いま国会で安倍政権は圧倒的多数派です。でも国民全体で見たならば少数派です。社会の多くの人たちがじっくりと平和と民主主義は変えないよといっていけば、やがてまた変わっていくと僕は思っています。

      
                       おわり